AO-MONOLOGUE-LITHIUM 2022

ひとことで言うと、無料で公開している短いエッセイです

お腹が空く理由

昨晩あんなに胃袋がはち切れるくらい食べたのに、いやむしろその反動のせいなのか、今朝は胃袋が搾り取られるような空腹感で目覚めた。完璧な空白がこんなに重いものだとは思ってもみなかった。 とにかく大して動かないのに一日の終わりに強烈な疲れやすさを自覚している。数種類の薬を組み合わせて咳を鎮めているせいだろうか。もしくは二月に入って勤務時間が9:00-19:30と3時間延長されたからか。とにかくたかが予診とはいえと疲れ方が尋常でない。昨日はファイザーの会場だったので尚更だ。だいたい医師一人当たり100-150名の接種者を予診する計算だが、100名を超えたあたりから感覚がおかしくなってくる。あれ? さっきこのおじいちゃん予診したよな? と全員顔が同じに見えてくる。若いひとならまだしも、80歳以降の高齢者となるともはや性別さえも分からない(現在、接種者の9割が高齢者)。同じひとが会場を周回しているという壮大なドッキリなのではないかと本気で疑ってみる。精神科的にはこれは相貌失認に近い症状だが、通常、認知症にしか起こらない重篤な精神症状だ。よほど脳が疲労していたのだろう。 最後のひとりの経過観察の終了を確認し、電車を乗り継いで自宅に着くころには、僕はノックアウトされたボクサーのように無気力になる。夜を楽しもうという文化的な発想は出てこない。ただひたすら「疲れた」と何度も懲りずに呟く機械に成り下がる。頭が真っ白になって何も考えられない。自分が持っている全てを絞り出した実感がある。こんなとき、つまり理性が完全に奪われたとき、性欲は意外とない。いちおうメンテナンスとして自慰しても、快楽は予想の半分もこない。性欲を差し置いて襲いかかってくるのは睡眠欲と食欲だ。 あまりいい兆候ではないと思いつつ、最近、脂で米がギトギトになったカルビ弁当と巨大なイチゴバナナパフェをそれぞれウーバーで注文することが多い。罪深い脂が舌の上に躍り出る。口に入れた瞬間に脳がバターみたいに溶けそうになる。唾液が止まらない。動物みたいに後先考えず無心で喰らいつく。乾ききった身体の隅々まで脂が浸透していくのがわかる。あまりの快感に思わずのけぞる。なんだか後ろめたさを感じる。これが合法な社会で本当によかったとホッと胸を撫で下ろす。吐く2歩手前でやめておく。言われるまでもなく眠りに落ちる。また朝がやってくるとは知らずに。考える余地なんてどこにもない。