AO-MONOLOGUE-LITHIUM 2022

ひとことで言うと、無料で公開している短いエッセイです

ワクチン接種を促す2つの要請

去年の11月ごろ配信でよく「第6波はくると思いますか?」と訊かれた。遅かれ早かれくると思います、と僕は答えたが、そのあと質問は飛んでこなかった。あのころ、ようやくコロナを克服できた、遂にワクチンの成果が出た、手洗いうがいの成果が実った、などという都合のいい甘美な幻想に日本人は浸っていたのだろうと思う。感染者数が減った理由がわからないのだから、同じ理屈でいずれ増えるだろうと思っていた。やっぱり諸外国にすこし遅れて日本でもオミクロン株が流行しはじめた。現在、過去に例を見ないほどの大流行の兆しを見せている。 僕の配信には「ワクチンを打つべきでしょうか?」という質問から「ワクチンを打つ奴はバカしかいない」という誹謗中傷まで、ちょうど去年の7月によく見られたような内容のコメントが続々と寄せられている。僕は配信上でわりと同じメッセージを繰り返し伝えているのだが、何回も訊かれて疲れたので、今後はこの記事を読んでもらうように案内しようと思っている。ちなみにそんなに奇抜なことは言っていない。平均的な臨床医の感覚で、あくまで僕個人の持論をご紹介したいので、まだワクチン接種で悩まれているひとはぜひこれを参考にしてほしい。これを読んでご自身の頭でよく考えることでSNSなどに流布されるワクチン陰謀論者や推進論者の感情論に流されないことを切に願う。 ワクチンを打つべきかどうか悩んでいるとき、これから述べる2つの要請をよく吟味すべきである。ひとつは1)医学的要請。もうひとつは2)社会的要請。あなたがワクチンを打つべきかどうかは、医学的要請と社会的要請を総合して考えるべきである。

 

1)医学的要請とは

医学的な理由でワクチンを打つべきという考え。免疫力が低下している患者、例えば高齢者、抗がん剤治療中の患者、自己免疫性疾患に対して免疫抑止剤を内服中の患者のほか、糖尿病患者、心臓や腎臓などに基礎疾患を持つ患者、アセトアミノフェンやNSAIDsなど主要な解熱鎮痛剤にアナフィラキシー既往のあるマネジメント困難な患者、知的障害者精神障害者など痛みや自覚症状を訴えることに重篤な障害を持つ患者、またそれらの患者を治療する立場にある医療従事者はそれらの患者に感染させてしまう加害者にもなりうるので原則的に接種すべきである。上記に該当する患者が感染した場合、重症化しないとしても中等症になってしまうとコロナ以外で入院している患者の医療の質を逼迫することにもつながるので(空きベッドがなくなるなど)、あまり難しいことを考えずにさっさとワクチンを打つべきである、という医者の素朴な発想が医学的要請の意味するところだとご理解いただければ差し支えない。ワクチン接種会場で予診をしていると、稀にだが、高齢のひとでワクチンの副反応が怖くて打ち控えていたら夏場にコロナに感染して重症化して九死に一生を得たというひとに出会う。またそういう身内が身近にいて肝を冷やしたなどの生々しいエピソードを耳にする。そのひとたち大半は接種しなかったこと(させなかったこと)をひどく悔やんでおられ、まもなく会場にやってくる。死ぬより副反応の発熱の方がましだとおっしゃられる。ただし、現在も何らかの病気で治療中のため主治医から接種を控えるように指示を受けている患者や1回目のコロナワクチン接種後にアナフィラキシーショックで救急搬送された患者などは接種のメリットがデメリットを明らかに下回ると考えられるので、医学的要請は棄却される。ひどいアレルギー体質や喘息があるなど医学的要請について自分自身で判断つかないときはかかりつけ医に尋ねるか、知り合いの医師によく相談するとよい。間違ってもSNSなどで有名な自称コロナ専門家みたいなおかしひとに騙されないでほしい。僕は医学的要請に関しては医者として全面的に賛成している。たまに重度の糖尿病患者が「副反応が怖いから」というだけの理由で接種を控えているのを自分の配信で見るが、それに対して僕は殺意のようなものがふつふつと湧いてくる。それは冗談にしても、こういうバカな患者、というか正常な判断を下せない患者が感染して搬送された先のドクターのご負担のことを思うと気の毒でならない。「私は医学的要請を拒否します。コロナに感染して中等症以上になっても救急搬送しないでください」みたいな、運転免許証の裏にある臓器移植みたいな意思表示カードがあればまだましだが、自己責任でワクチンを拒否し、体調崩れたら怖くなって入院させてほしいというのは、そもそも自己責任という言葉の意味を間違っているのではないだろうか。 いまこれを読んでハッと自己矛盾に気づいた患者のや読者がいたら今すぐ陰謀論から目を覚そう。あなたは副反応を理由にワクチンを拒否している場合ではない。僕は上記の基礎疾患を有する母と弟にはできるだけ早くワクチンを接種するように指示した。

 

2)社会的要請とは

医学的要請は棄却されるものの、コロナに感染してしまうことで社会人として周りのひとに多大な影響を与えてしまうので打つべきである、という要請をする考えが現実には存在する。例えば、感染してしまってイベントに参加できないと会社に莫大な損害を与えてしまう有名タレントや、すぐに代えのきかない仕事(飛行機のパイロットなど)でどうしても休みづらいひと、高齢者など免疫力が低下している患者らと同居中の若者などは、社会的要請というものを強く受ける。もしかしたら、絶対にコロナなんかで会社を休むなよ、などパワハラや脅迫を上司から受けている会社員もこの要請をひしひしと肌で感じているかもしれない。いずれにしても、「コロナなんだから隔離して然るべき」「隔離されたくないなら打て」という盲信というか同調圧力というものに屈してワクチンを打つことがある。これは動機として明らかに異常である。正直に言って、医学的要請を除いてワクチンを打つ理由を設けるべきではない。医者として、社会的要請というのは社会の側の暴走としか言いようがない。そもそも任意ワクチンというのは同調圧力に屈して仕方なく打つものではない。しかし、いくら一介の医者が声高に正論を述べても世の中は何も変わらないというのもまた真実なのである。連日のように新規感染者数を報道して大衆の不安を煽るメディアがなくならない限り、ひとびとはいつまでも根拠のないパニックをひき起こして、コロナは危ないから隔離しろ、ワクチンを打て、といつまでも同調圧力が止むことはないのだろう。だから、郷に入っては郷に従えのとおり、おかしなひと扱いされるくらいなら黙ってワクチンを打つことも選択肢としてありうると考える。それが嫌なら、耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らせ。 毎朝目覚めるたびに新しい悪夢を見ているようだ。いつしか不安に陥れることに味をしめた医者も同調圧力に加担し始めている。こんなことでは将来は危うい。暗澹たる気持ちになる。

 

僕は昨年末に3回目のファイザー接種を終えた。いずれもファイザーだったが3回目のあとが一番副反応がきつかった。と言っても発熱はないし、倦怠感のためオフの1日をゆっくりと部屋で過ごしていただけだが。人体実験的な要素は医療にはつきものだしそういう覚悟で医者になっている。僕は医療従事者の端くれとして当然のことをしたまでだし、皆さんの判断材料になる貴重なデータを提出している訳だからそれについて他人にとやかく言われる筋合いはない。もちろん僕と同じことをあなたにも求めたりしない。いちいち僕に訊かないで自分で考えて孤独に決めればいい。

 

追記 2022/01/14 14:31

書き終えたあとふと思ったが、社会的要請の例として挙げた「高齢者など免疫力が低下している患者らと同居中の若者」は、医療従事者と同じような加害者的な立場に置かれているという意味で医学的要請を受けているとひとに含めたほうが正確なのかもしれない。

 

 

ao-hayao.hateblo.jp

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