AO-MONOLOGUE-LITHIUM 2022

ひとことで言うと、無料で公開している短いエッセイです

罵倒した理由

ベランダがハトのフンで汚染されていた。入居して長いことベランダの様子を見ていなかったせいもあるが、足の踏み場もないほどフンが乱れ落ちていた。室外機にも悪い影響がありそうだった。冬場になって体調が崩れがちだったのはこのせいではないかと思われた。とりあえず洗浄が終わるまでエアコンは止めて、床暖房か、厚着をして寒さを耐えしのぐことにした。それでも底冷えして予定より1時間も早く目が覚めた。まだ外は暗かった。部屋は静かに冷えていた。寒かった。寝汗のせいだろうか。 目覚めの間際に見た夢の内容をいまも克明に思い出せる。あまりいい夢ではなかった。僕が教習所の教官になって助手席に座り、汗ばんだ手でハンドルを握り締める弟に横槍を入れるというもの。叱責というか、ひどい言葉で罵倒するというものだった。弟はクリープ現象を知らなかった。ブレーキを踏まないと車体がわずかに前進してしまうことさえろくに理解できておらず、何度注意しても車体は停止線をわずかに超えた。見ていて鈍くさかった。僕が代わりに運転したほうが楽だと。「そんなことじゃ、人殺すから、やめな、免許とるの」と捨て台詞を吐いた。車内で横並びの位置に二人は座っていたから、弟の表情は見ていなかった。そこで目が覚めた。いったいどういう表情をしていたのだろう。 あまり気持ちのいい夢ではなかった。意識の上で、僕は弟を応援しているつもりでいた。うつ状態が長引いて、去年の夏場、弟は大学を退学することになった。そのあと僕主導で通院先の精神科クリニックを変えた。処方も大幅に変更され、調整はいまも続いている。この先、彼の人生にも必ずいいことがあると信じていた。だから、まさか「愚鈍だ」とか「俺のほうがもっとうまくできるのに」「やめてしまえ」などと、夢の中とはいえ、弟に向かって僕が言い放つなんて思いもよらなかった。罪悪感でしばらく寝込んだ。数秒前まで寝ていたわけだが。