AO-MONOLOGUE-LITHIUM 2022

ひとことで言うと、無料で公開している短いエッセイです

薪をくべる理由

ワクチンの会場は午前に繁盛し、午後になると閑散とした。今日はモデルナの会場だ。夕刻のいま、日が沈み、会場には接種希望者の姿が一人も見当たらない。他の医師は帰った。僕は何故だかいつも居残り。つい先日、「ファイザーファイザー→モデルナ」のほうが「ファイザーファイザーファイザー」よりも抗体価が上昇するという報道があったらしい。厚労省の資料に基づいているというのでさらに調べると、確かにLancet誌にそうした内容の論文が出たようだ。モデルナが副反応を理由に忌避される中、一石を投じることになりそう。この報道がなければ午前も閑散とするところだった。 あまりにも何もやることがないので、スマホパパ活アプリをひさびさに開く。今月や来月のアポは全面休止しているが、新規の女性に向けて常に門戸は開いている。おおよそ1日に4、5人くらい僕が仕掛けた網にかかる。はっきり言って初対面の最初の2、3のやりとりは全部コピペで済ませている。将棋の序盤みたいにとくに考える余地がない。あらかじめ決まった文面を手入力し送信する。返ってきた相手の反応からパパ活に対するモチベーションや希望、人柄などを吟味する。パパ活は圧倒的な買い手市場だ。いわゆる出会い系アプリとは男女の立場が正反対なのが面白い。これは男性会員の利用価格がかなり高めに設定されているためで、それなりに社会的に成功した男性しかいないことになっているので当然だ。おそらくコロナ禍の不況が男性優位に拍車をかけている。金銭で困っているので援助して欲しいという女子大生や保育士が後を絶たない。もし嫌だったらこちらから断ればいい。ひと通り返事を見て、「あ、この人はいいな」と興味をそそられる女性は10人いて1人いるかどうか。あとの残り9人は、こちらの網にかかったものの、会う見込みは皆無である。このごろこの辺りの見極めが非常に鍛錬されてきて、プロフィールの自己紹介文と顔写真をひと目見ただけで「この人はないな」と直感で分かってきた。答え合わせのつもりで実際にやりとりを続けてみると、やっぱり予想は正しかった。会う見込みのない残念な女性の特徴は(あくまで僕個人の好みではないという意味しか持たないが)、プライドが高く、男性と出会うことを人生設計の踏み台にしか考えてないようなタイプだ。こういう上昇志向というか物怖じしないタイプの女性は、そういう心性がそのまま化粧や髪型、表情などに派手に反映されている。内側から自信がみなぎっている。世間的にいえば美人な女性が多いと思うが、僕はこういう派手で自立した女性が苦手だ。そう判断した時点で僕の興味は失せるのだが、いちおう礼儀として会うための条件を具体的に尋ねてみると、案の定、「6万円から」とか「顔合わせで2万から」など必ず法外な高額を提示される。「銀座のホテルで一晩15万円」というのがこれまでの最高額だ。「あたしを安く見ないで」と暗示的に、ときには明治的に示してくる。僕は勢いに圧倒されつつ苦笑しながら、それはこちらの希望と合わないのでごめんなさいとひとこと詫びを入れるようにしている。有無も言わさずブロックするのは流石にレディに対して失礼というもの。しかし、そこまで礼を尽くしてもなお癇癪を起こす女性が多いのには閉口してしまう。念のため繰り返すが、ここは男性優位の市場だ。そういう彼女たちは「女性のほうが偉い」と心から信じ込んでいる。自ら場違いな態度を改めることのできない哀れな女性だ。たいてい「こっちははじめから医者レベルなんて探してないので」と捨て台詞を吐いて去るか、「じゃあ20万でいい」とわざと過大な要求を続ける。それだけで怒りが収まらないひとはだいたい僕をブロックするか運営に通報する。僕とのやりとりをスクショしてツイッターで吊し上げてきた強者もいた(他の女性がこっそり教えてくれた)。なんだよ、とすこしムッとするけれど、まあいいや、とすぐにどうでもよくなる。どうせ二度と会わない。時間をかけるだけ無駄な相手なのだから。 僕の感覚では、理想が高いというか、自分の市場価値を見誤った残念な女性のほうが多数派を占めている。顔面の偏差値云々以前に、そういう基本的なところで競争から脱落している女性が多いのはなぜだろう(考えても仕方ないけれど)。運良く成功体験を収めて妙な自信をつけてしまったのだろうか。出会い系アプリのやりすぎで勘違いが出来上がったとしか思えないが。だとしたらとても不幸なことだ。 いずれにしても、僕の好みの女性に会うのはなかなか難しい。感触が良くても実際に会ってみて思っていたひとと全然違ったということも少なくない。ひと目でそうと分かるような偉そうな女性もいたが、そういうわけじゃないけれど結局のところただプライドが高いだけの女性もいた。いわゆる男性の前で演技するようなタイプの女性がそれに当たる。イッたふりをして、さっさと終わらそうという魂胆なのか、それとも男性を満足させるためのサービス精神からなのかよくわからないが、どっちにせよ「どうせ男なんて何もわかりゃしないんだから」という小馬鹿にした感じが否めない。僕の考えすぎか。平気で嘘をつけるひとを僕はそもそも信用しない。というか、わざわざこちらの時間を割いてまで付き合おうとは思わない。いちおう気をつけているがもしそういう演技派女優に遭遇したら(登山で熊に遭遇したみたいに)、文句を言わず、別れたあと黙ってブロックするようにしている。 そういうわけで僕はあまりデリヘルや風俗といった水商売や人種を好まない。プロと言われる女はどこか僕の目の届かないところで頭の悪い男性を騙していればいい。 僕が気になるのは、とくに美人でもなく、スタイルもそんなに褒めるところのない、演技もできないくらい経験に乏しいような素朴な女性ばかりだ。もちろんこちらが提示した金額にいちいち値段交渉したりしない。むしろ「こんなにもらっていいのか」と不安げに確認してくる(交通費に毛が生えた程度だが)。容姿で言えば地味だ。体型で言うとぽっちゃりしたひと。そのうち半分くらいのひとに彼氏や旦那がいる。さらに半分くらいのひとにセフレもいる(女性は外見によらないという教訓)。僕との交わりをきっかけに異性に目覚めてくれたら僕としては何より嬉しい。女性のカラダは一度火がつくと燃えやすく消えづらい。僕が好んで火中に薪をくべるのは、その炎を少し離れたところからいつまでも見詰めていたいからかもしれない。僕と出会ってから彼氏や旦那(彼氏)との営みがすごく楽しみになった、と女性が嬉々と語っているのを見ていると、僕は何故だかとても癒される。心が和む。