AO-MONOLOGUE-LITHIUM 2022

ひとことで言うと、無料で公開している短いエッセイです

パパ活を続ける理由 中編「奉仕系エス」

結局咳がひどくなってきて、派遣会社の担当者に連絡し、本日月曜から水曜日まで自主的に隔離することに決めた。PCR検査の陰性が必ずしもコロナ感染の否定を意味しないことと(偽陰性)、たとえコロナでないとしてもこの風邪は呼吸器症状が強くワクチン会場でアウトブレークさせたらまずいこと。あとはそもそも咳き込んでいる医者なんかに接種希望者は診られたくないだろうという至極当たり前のこと等を踏まえて自主隔離しようと決意した。担当者には日曜日にもかからずご迷惑をおかけした。担当者からは「なんだか面倒な医者」と思われたかもしれない。心象が悪いと次の仕事にお呼びがかからないかもしれないが、そうなったらまたその時考えればよろしい。相手を欺き、自分の体裁を保つのは僕の美学というか誠意に反する。 今月会う予定になっていたパパ活のお相手の女性たちにも現状はおおよそ伝えておいた。彼女たちとは出会い系アプリ内ではなくラインやカカオでメッセージを交換する仲だ。律儀にお正月に挨拶してくれるし、今回の僕の不調をそれなりに心配してくれる。もちろん、互いのプライベートには一切干渉しない。とくに必要のない時にダル絡みしてくるひともいない。互いに友達でも恋人でもないことをよく弁えている。こういう不思議な関係をなんて呼べばいいのか未だにわからない。神輿モデルを説明する時に僕もだいぶ苦労したが、それを呼ぶための適切な日本語はおそらくまだ存在しない。間違いなく金銭が介在しているから僕たちはセフレではなさそうだ。あえて確認したことはないが、お手当なしで僕と会うひとはたぶんひとりもいない。ただお手当といってもかなり少額で、交通費に毛が生えた程度しか実はお渡ししていない。例えば「大人は5万円からしかやっていません」と交渉してくる自信家の芸能人やモデルみたいな美人はこちらからお断りしている。ここはこのあとの論理展開でとても大事になってくるので繰り返し協調するが、渡すとしてもきわめて少額なのだ。これは相場の価格を逸脱している。だから流石に金銭だけを目的として僕と会うバカはいないだろう。健全デートで楽に稼げばいい。これは金銭のほかにも何かしら相手が僕に何かを期待しているということ。僕であることにこだわっているということの証左。前置きはさておき僕はこういう関係をまさに望んでいた。 僕は会う前に必ず自分が複数人と同じ関係を結んでいることと、もうひとつ大事なこととして僕が軽度の心因性EDであることを伝える。これは作戦ではなく真実だ。正式に泌尿器科を受診したことはないが、2年前の11月くらいから勃起しづらさを自覚していた。配信では「首里城が燃えた日に僕の僕も燃え尽きた」と冗談でよく述べるのだが、ちょうど静岡の精神科単科病院で初期研修医をしていたころに起きた。3か月くらい自慰をしなくても平気になった。人生が以前よりずっと味気ないものに感じられた。高低差のない山を歩いているようなものだ。あとで振り返ると、その頃には彼女と別れようと決意していたが、どう切り出したらいいのかわからず頭を抱えて塞ぎ込んでいた。彼女のことを考えると今でも勃起しない。 心因性EDであるため勃つかもしれないし勃たないかもしれない。コインを投げて表が出る確率よりは勃つかもしれないが、その時の気分や体力や相手の容姿にも影響される。だから、勃たない前提で、つまり挿入もしないし射精もしないことを条件としてあらかじめ僕は女性側に提示している。また、女性の秘部を大切に愛撫することを誓う。痛いことはしないと約束する。その代わり少額しか出せない。以上の条件を飲んでくれたひととだけ会っている。交渉段階でこの条件を突きつけられた女性は大抵しばらく混乱し、さまざまな反応を見せてくれる。おおむね「気持ち悪い」「詐欺師」「結局そういって入れてくるんでしょう」と罵詈雑言が飛んできて、女性を不快にさせたという罪というか、ただそれだけの理由でかなりの件数運営に通報された。「女性のアソコを舐めたいなんて余計気持ち悪いからさらに10万ください」と強気で値上げしてくる猛者もいた。僕は無自覚に女性の尾を踏みつけてしまったようだ。500人くらいにまず声をかけて数十単位で通報が寄せられた。運営から「予告なしにアカウントを削除することになるかもしれません、お気をつけて」という趣旨の業務命令のような長い文面が一方的に僕に元に届いた。どうやら怪しい条件だったからスカウト業者か何かに間違われたらしい。どこの世界に金を渡して女性のアソコを舐めたがるバカがいるんだ? と怪しまれた。僕はそんな業者がいることさえ知らなかったのでとても驚いた。それからというもの、手当たり次第声かけるのをやめて、相手をよく吟味してから選んだ。僕はやはりあの条件にこだわっていた。大金を渡して男性のアソコを舐めてくれるひとは山ほどいたが、僕は女性に奉仕されるのが基本的に嫌いだ。なんだか居心地が悪い。だから風俗やキャバクラには興味がない。メイド喫茶にすら吐き気を催して行かない。ああいう、男性に媚びた女性を見ると昔から吐き気がする。アダルト動画も女優モノはほとんど見ない。演技をしていることがとても気になった。僕が求めていたのは、僕が自分の望むように自由に奉仕でき、それを演技なしに心から受け入れて喜んでくれる女性像だった。女性とのセッションはいわば射精を目的としない生き生きとした性の営みであり、その瞬間だけでも僕が世界に必要とされることであり、僕の存在証明だった。 面白いですね、ぜひ会ってみたいです、という女性とちょくちょく会うようになって、会った女性からも次もお願いしますとたくさんのお誘いをいただいた。演技してくるひとはお断りした。会うたびに次第にお手当の金額は減っていった。肉体関係とはいえ、そこに至る前後には必ず会話というものがある。ベッドの上でまるで子守唄やお伽噺のように展開される女性の物語に僕は耳を澄ませた。ことが済んだ後の女性は恍惚な表情を浮かべながら人生について語りはじめる。小学校6年生のころに父が死んだけどいまが一番幸せだとある女性は僕に告げた。気づいたら3時間をうっかり超えそうになる。僕はいつまでも終わらない絵巻物を紐解いたような気がした。奇妙な言い方になるかもしれないが、彼女たちは僕を相手にしながら、別の男性に抱かれているように思う。おそらく今まで付き合ってきた男性の影。僕の仮説では、今まで歴代付き合ってきた男性の好みに合わせて女性は巧みに己の肉体の組成を入れ換えて、緩やかに性感帯を形成していく。女性の体には他とは明らかに組成の異なった部分が備わっている。指先でノッチ(窪み)みたいに実際に僕は触れて確かめることができる。もちろん1箇所とは限らない。そういうものを僕は女性の吐息と足先の力みを頼りに探し当てるのが得意なほうだ。女性は読まれたがっている絵巻物のようなものだ。彼女たちが僕に求めているのはまさにそういうものなのではないかと思った。 僕はエスかエムか自分でもわからない。そもそも人間は二つの種別に分けられるほどそんなに単純ではない。配信でこの話をしたところ、ある風俗嬢のリスナーから「あなたは奉仕系エスですね」と言われた。とても気に入っている。悪くない響きだった。

 

 

 

 

 

ao-hayao.hateblo.jp

 

 

ao-hayao.hateblo.jp