AO-MONOLOGUE-LITHIUM 2022

ひとことで言うと、無料で公開している短いエッセイです

WHY

ニュースを見ようとしなくても、スマホにはロシアとウクライナの情勢を伝える報道に溢れている。戦争そのものの映像はなく、避難する住民の悲壮な姿と、今後のシナリオを予想する専門家の平板な解説が流れる。平和が軍事力の絶妙な均衡の上に成り立っていることをまざまざと見せつけられた。メンタリストはプーチンの側の加害者の被害者意識を取り上げている。それぞれの立場から戦争というものの悲惨さを噛み砕いているようだ。でも、僕にはそもそもプーチンの演説自体がディープフェイクの映像のように見えてしまい、なかなか感情的に入ってこない。こういうピリピリした時期に失言だけはしないように気をつけようと気を引き締める程度で、知識としては次は日本の北方領土が狙われることも分かりつつ、やはり実感が湧かない。 もっと言えばずっと身近に起きていることも遠い国の戦争のように他人事に思えて生きている実感が湧かない。 書くというのは、こうした実感を取り戻すことが必要になったからだろう。散文的に書くんじゃなくて、あるテーマに沿って、真相の解明に向けて、書きながら考えること。思想を持つこと。それが今一番僕に必要なことかもしれない。内容は詳しく言えない。下書きというかプロットはだいたい作成し終えたが、いざ書いてみたら全然違うものになった、なんていうこともあるかもしれない。僕にも自分が何を考えているのかわからない。 少なくとも僕に心に埋まっている地雷の在り処をちゃんと示すことはしたい。具体的には、なぜパパ活を始めたのか、というところは書いてみたい。パパ活が僕にとってどのようなものかはすでにブログでも素描している。詳しくは神輿モデルを読んでほしい。もちろんそれについての本の中でちゃんと書こうと思う。しかし、なぜパパ活を始めたのか、という問いにはまだ何も答えてない。HOWではなくWHYに答えたい。このブログにタイトルにもあるように、その理由についてみんな知りたがっているのだ。僕もそうだ。今回書く本の主題はまさにこの辺りにある。